アイデンティティーはクリームソーダ〈高円寺〉【休日クリームソーダ日和.52】
「人は変われる」と目を輝かせて力説する私に「はあ、へえ」と死んだ魚のような目を向けられたときはなぜだと思った。
ただ理想の人の近くにいて擬態しているだけなのに、素晴らしいそれになれたと勘違いをしていた私は、彼の目にどれだけ滑稽にうつっていたのだろうか。
私は無意識に無自覚に彼を見下していて、それが伝わっていたのかもしれない。
「変わらなくていい」と言う彼の言葉が理解できず「それは怠慢だ」と憤慨して、それきり彼とは会わなかった。彼とは合わなかった。
あれから10年。
阿佐ヶ谷の安アパートに私は住んでいる。
部屋のそこらじゅうにペットボトルが転がり、灰皿は常にごみくずで溢れている。
私はいつまで「人は変われる」と言っているのだろうか。
正直、いつまででも変わろうと思えば変われる。
過去の自分と今の自分、そして未来の自分。どの時代も違うしどれも私だ。
そして結局どれも気に入らないのだろう。
なぜなら全部、薄ぺらいのだから。
「本当の私をわかってもらえていないだけ」という何の根拠もない自信は、心の距離の遠い知人の無責任なよいしょも合わさり、頭の中にあるひな壇のてっぺんに腰を落ち着けている。
気づいているけど気づかないふりをしている。
取りに行かずとも、誰かが与えてくれると思っている。
本当の私を手放したのは自分のくせにな。
怠っているのはあんたじゃなく自分だったよ、past men。
※クリームソーダは9月当時のものです。現在メニューにない可能性もあります。