6月15日のクリームソーダ〈池袋〉【No.58 BOUL'ANGE(ブール アンジュ)】
雨の日はゼリーみたい。
好きな音楽も雨音にかすれてぼんやりと耳に届く。
ちょうどゼリーの中に入っているときみたいに。
今年も昔の恋人の命日がやってきて、私は少し寂しい思いをした。
彼が死んでからしばらく、この日が近づくと体調を崩すことが多かったけれど、もうそんなこともないと思っていたのに。
PMSかと思ったら6月15日だった。
とはいっても、彼のことを思い出そうとすると先に浮かぶのは共通の友人の方だ。
訃報を聞いて、あれはどこに向かっていたのかもう覚えていないけれど、いつもは気丈な友人が、運転する車を止めて大声を出して泣いた。
涙もろい私はそのときも後部座席で先に泣いていたけれど、彼女(彼)の震える肩を見て、ようやく恋人の死を実感したように思う。
「彼女(彼)」としたのは、友人はその日の気分で性を変える人だから。
性自認や性的指向については聞いたことがない。
本人が「今日は男だから」といえば、私にとってもその日は「彼」なのだ。
ただ、その日に関してはどの性を纏っていたか覚えていない。
というよりも、本人からもなんの宣言もなく、ユニセックスな恰好をしていたように思う。
たぶん、武装する余裕すらなかったのだ。
あのときの泣き声は、今でもクリアに耳に残っている。
今日みたいに雨音が消し去ってくれたらいいのに。
最初の数年間はだれからともなく何人か集まって「お別れ会」のようなものをやっていたけれど、いつの間にかそれぞれがそれぞれの6月15日を送るようになった。
恋慕などはとうにない。
というよりも、彼と付き合っていた当時、私はアセクシュアルを自認していたから、彼に恋心を抱いたことがない。
いっそ好きになったら、好きであったらどんなに楽だったかと思うことは何度もあった。
一方的に想いを享受するのみの私を咎める声はたくさんあった。
特に彼が亡くなった直後は、その責任を押しつけられる相手が欲しかったのだろう。
たくさん責められたけれど、私もそのときの方が楽だった。
よく誤解されるけれど、アセクシュアルは恋愛感情を持たないだけで、人に対して好意や情がないわけではない。
私は私なりに誠意をもって彼に接していた。
だけど、それを本当に彼も納得していたかは今さらわからないし、一人で罪悪感を抱えるよりはだれかになじられた方がずっと楽だ。
でも時日が経って、彼のことを話題に挙げる人はいなくなった。
私を責める声も、ともに悲しむ手も、今はない。
ひとりひとり、彼の死と自分の人生にきちんと向き合い始めたのだ。
先の友人とも何年も会っていないけれど、彼女(彼)に関しては筆不精だから便りがないのはいいことだと思っている。
私も6月15日を忘れてしまうことだけを恐れながら、だけど今日の私を、明日の私を思う。
孤独感でも腹痛でも頭痛でも発熱でもなんでもいい。
この日だけは一生背負っていく。
彼の知らない人と梅雨の晴れ間に買いに行ったゼリーを食べる。
彼が亡くなって何年も経ってから出会った人だ。
その日は午前中から映画を観たり食事に行ったりしたから、先に買ったゼリーは袋の中で揺れてしまったみたいで、家に帰ったときには既に傾いてしまっていた。
まったく私ときたら、大事なものでさえきちんと守り抜けないのか。
ああ、この中に入ったなら、ゼリーが柔らかく体に纏わりついて心地いいだろうな。
そしてゆるやかに窒息していきそうだ。
ゼリーの日にはゼリーを。
甘さを控えたクリームがちょうどいい。
text & photo/浦田みなみ
<access / detail>
BOUL'ANGE(ブール アンジュ)
住所:東京都豊島区西池袋1-1-25 東武百貨店B1F 8番地
TEL:0570-086-102
営業時間:10:00~20:00(2021年6月時点)
※クリームソーダゼリーは東武百貨店 池袋店で開催されている「レトロカワイイ スイーツ&パン」という企画の一環で、2021年6月16日(水)~同月29日(火)までの期間限定販売。また、各日10個限定です。
(▲画像出典:東武百貨店/長時間持ち歩かなければこんなにかわいいデザインなんです)