10年先のクリームソーダ〈神保町〉【休日クリームソーダ日和.31】
ここのテーブルには奥行きがない。
クリームソーダをふたつ並べて手を伸ばすと、それだけで触れ合いそうなほど互いの距離が縮まる。
まぁ、今さらそんなのでドキドキするような関係じゃないけれど。
ずっと来たかった喫茶店さぼうるは、私たちの後にも行列が続いている。
窓の外を眺めていると、セーラー服を着た女子高生がきゃらきゃらと笑いながら入ってきた。
近くの高校生かな。
そう言おうとした瞬間に、テーブルからひじが滑り落ち、軽くぶつかって
ぴりっと電流が走った。
とっさに「痛っ!」と口から出すと、目の前の彼はいつもの調子で「大丈夫?」と聞く。
私は思わず笑う。
優しい口調には違いないんだけど、心がこもっていないような、そんな言い方を初めて指摘したのは数年前。
本人はちゃんと心配してるよ、と抗議するんだけど、実際どう思っているかなんてことはどうでもよくって、なんだかもう私は彼のこの言葉を聞くとおもしろく感じてしまうのだ。
「ん、大丈夫?」
最近は彼の方も味をしめて一発ギャグのように繰り返す節がある。
思わず続けてけらけらと笑っていると、隣のテーブルの小さな女の子と目が合った。
瞬間、照れたようにはずされる目線。
かわいいな。
やっぱりいちご味にしたらよかったかなぁ。
はじらう少女は甘くて赤いいちごみたい。
最後まで悩んでぶどう味を選んだけれど、大人になっても優柔不断ね。
「一口交換しよう」とも言わずに勝手に彼のメロン味のクリームソーダを飲むと、彼も私のぶどう味を一口飲み始めた。
「どっちもおいしいね」
「うん。クリームソーダなんて10年ぶりくらいかも」
「えっ喫茶店行かないの?」
「だって男だし頼みにくいよ。コーヒーとか飲んじゃう」
普段飲まないのに付き合ってくれるとこ。
暑い中、文句も言わずに一緒に行列に並んでくれるとこ。
なにかあるとすぐに気づいて「大丈夫?」って聞いてくれるとこ。
なんだかおかしくなって綻ぶ口元を冷たいアイスでごまかす。
「次に飲むのも10年後かもなぁ」なんてひとりごちているのを聞きながら、いちごちゃんの向こうに見える落書きだらけの壁をぼんやりと眺め、ストローをくわえた。
<shop>
さぼうる
東京都千代田区神田神保町1-11
TEL:03-3291-8404
定休日:日曜日、祝日
営業時間:9:30~23:00(L.O.22:30)
text & photo/浦田みなみ