二階からクリームソーダ〈日暮里〉【休日クリームソーダ日和.39】
「階段をのぼると、クリームソーダがありました」
とつぶやいてみると、隣で本に目を落としたまま太朗は
「それは川端康成氏の『雪国』……」
と言ってから自分の言葉に疑問を持つように顔を上げ、さらにはゆっくりと首を傾げ、
「……をオマージュした『千と千尋の神隠し』のコピーのオマージュ?」
と、眉根を寄せてだるそうに聞いてきた。
恥ずかしかったので私は無視した。
梅雨があけてからの初デート。
7月は1カ月間ほとんど毎日雨が続き、
外出もままならなかったため忘れていたけど、
太朗はめっぽう、日に弱かった。
そこで少し歩いただけでバテてしまった彼のために
男の人も入りやすそうなカフェで腰をすえることにした。
「書き出しが秀逸な小説といえば、村上春樹氏の『風の歌を聴け』の“完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね”はよく挙げられると思うんだけど、伊坂幸太郎氏の『重力ピエロ』の“春が二階から落ちてきた”も結構インパクトあると思うんだよね」
「だから階段、注意してたんだ」
「まあね」
太朗は得意そうに鼻を鳴らして、本を閉じた。
「文化人っぽい」。というミーハー心からだ。
ちなみにクリームソーダが好きな文化人や文豪がいるのは、知らない。
あくまで、っぽいという、雰囲気ベース。
アイスを口に含んで、思わず「わっ」と声を上げる。
甘酸っぱいヨーグルト味。
文化人はこんなハイカラなの飲まなさそうだけど、私は好き!