#休日クリームソーダ日和

アイスがとけるまでの刹那はあの夏の日の眩さみたい。

二階からクリームソーダ〈日暮里〉【休日クリームソーダ日和.39】

「階段をのぼると、クリームソーダがありました」

 

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とつぶやいてみると、隣で本に目を落としたまま太朗は
 
「それは川端康成氏の『雪国』……」
 
と言ってから自分の言葉に疑問を持つように顔を上げ、さらにはゆっくりと首を傾げ、
 
「……をオマージュした『千と千尋の神隠し』のコピーのオマージュ?」
 
と、眉根を寄せてだるそうに聞いてきた。
恥ずかしかったので私は無視した。
 

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梅雨があけてからの初デート。 
7月は1カ月間ほとんど毎日雨が続き、
外出もままならなかったため忘れていたけど、
太朗はめっぽう、日に弱かった。
 
そこで少し歩いただけでバテてしまった彼のために
男の人も入りやすそうなカフェで腰をすえることにした。

 

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「書き出しが秀逸な小説といえば、村上春樹氏の『風の歌を聴け』の“完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね”はよく挙げられると思うんだけど、伊坂幸太郎氏の『重力ピエロ』の“春が二階から落ちてきた”も結構インパクトあると思うんだよね」
 
「だから階段、注意してたんだ」
 
「まあね」
 
太朗は得意そうに鼻を鳴らして、本を閉じた。

 

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 私たちは喫茶店で、クリームソーダをよくオーダーする。

「文化人っぽい」。というミーハー心からだ。
 
ちなみにクリームソーダが好きな文化人や文豪がいるのは、知らない。
あくまで、っぽいという、雰囲気ベース。

 

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アイスを口に含んで、思わず「わっ」と声を上げる。

甘酸っぱいヨーグルト味。
文化人はこんなハイカラなの飲まなさそうだけど、私は好き!
 

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「なんとこれは。爪楊枝に綾辻行人氏を感じるな……」
 
「ミステリーすな」
 
なんだかんだ、彼も彼なりに楽しんでいる。
 

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ふと窓から覗く空の色が、
クリームソーダの色と同じことに気づいた。
今日はここに来て良かったと思った。
 
すっかり空になったグラスの水滴に指を這わせていると、
今回分の会計を持ってくれた太朗に呼ばれた。
 
 
「行こうか。階段から落ちないようにね、ハルさん」
 
 
にんまり笑ってから、
私は小さなショルダー・バッグを手に取り、彼の背中を追った。
 
 
 
<shop>
喫茶ニカイ
東京都台東区谷中6-3-8 2F
TEL:03-5834-2922
営業時間:11:00〜18:00
定休日:水曜

 

 

 

text & photo/tom